東京地方裁判所 昭和41年(ワ)42号 判決
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〔判決理由〕二、原告会社が昭和三七年一月一三日原告主張の営業(編注、特殊低温熔接銀ろうおよび各種輸入熔接棒の販売)を目的として、設立されたこと、原告が銀ろう熔接棒の製造を被告に依頼し、被告の製造した製品にMGの標章を附してこれを販売していたことは当事者間に争いがない。そして、原告会社が設立されるに至つた経緯について原被告の主張の間に多少の差異はあるけれども、従来立川明が販売していた銀ろう熔接棒を販売する目的で立川明のもとで働いていた横尾留治が従来これを製造していた被告の代表取締役であつた井島達次と協議の上原告会社を設立し横尾がその代表取締役となり井島が監査役となつたことは、原被告双方の主張において共通しているところである。
三、原告は、前記の標章は、原告商品の標章として周知著名になつたと主張するけれども、<証拠>と弁論の全趣旨によれば、つぎの事実が認められる。立川明がその販売する銀ろう熔接棒にMGの標章を使用していた当時の品質が優秀であるため需要者間に好評を博していたが、原告の営業は小規模で従業員は終始四名位であり、主として従業員の長谷川栄三が東京都内とその周辺地区にある立川明の旧得意先のうち約八〇軒を廻つて外交販売していたに過ぎず、その後得意先は若干ふえた程度であつた。東京都内における銀ろう熔接棒の取扱業者として、原告はさして大きい方でなく、製品をMGの標章とともに特に活発に宣伝広告したこともなく、利益もほとんどあげられなかつた。一方立川明は側産後一時販売を断念したが、半年程経て再びMGの標章を使用して銀ろう熔接棒の販売を開始して現在に至つている。
原告代表者尋問の結果のうちこの認定に反する部分は信用し難い。
以上認定の事実よりすれば、立川明がその後再びMGの標章を使用していることを考慮に入れるときは、原告の営業の規模成績、宣伝広告の実情よりみて、MGの標章は、原告の取り扱う商品であることを示す標章として広く認識される程度には至つていなかつたものと認めるのが相当である。
したがつて、被告の行為が不正競争防止法第一条第一項第一号に当ることを前提とする原告の請求(編注、これによつて蒙つた損害を求めるもの)は、その余の点について判断するまでもなく失当である。
四、つぎに、原告は被告が従業員の違法な引き抜きをしたと主張し、原告従業員長谷川栄三外二名が原告会社を退社しそのうち長谷川栄三、針ケ谷陽子が被告に入社したことは、当事者間に争いがない。
しかしながら<証拠>と弁論の全趣旨によれば、つぎの事実が認められる。
田中富子は昭和四〇年一月二五日頃退職したが、それは、代表取締役である横尾留治が人員整理を理由に解雇を申し渡したためである。そして、同じ頃針ケ谷陽子が退職したのは、会社の事務所が移転し通勤が不便になるうえ田中富子の解雇により女子従業員が独りになるのを嫌つて、自発的に退職したものであつた。また、長谷川栄三は同年二月二五日頃退職したが、同人はかねてから横尾留治の人柄に厭気をさしていたところ、当時ともに勤めていた同僚三名が皆退職したので同人も自発的に退職を決意したのである。当時被告の代表取締役であつた井島達次は人手不足のため長谷川栄三、針ケ谷陽子を勧誘して被告会社に入社させたが、いずれも同人らが原告会社を退職した以後のことであり、また井島は原告の得意先をある程度知つていたので特に長谷川らから原告の得意先をきき出す必要もなかつた。
そうすると、被告はなんらか不正の意図に基づき不当な誘惑、手段を弄して従業員を引き抜いたとはいえないから、原告の主張は理由がない。
五、つぎに、原告は被告が虚偽の内容を記載した挨拶状を配付した旨主張するところ、成立に争いのない甲第三号証の一から五までと証人長谷川栄三の証言によれば、被告は昭和四〇年三月初め銀ろう熔接棒の直接販売を開始した直後に原告得意先のほとんど全部に対して「銀ろう部新設のお知らせ」と題する挨拶状を郵送して配付したが、その挨拶状は、被告が従来原告を自己の販売会社として販売を担当させていたが被告の都合により被告製造の品物を原告に販売させることを止めさせ、今後は被告自身で直接需要者に販売を実施するという趣旨を内容とすることが認められ、原告の主張するように原告が解散したとか原告が被告の新設した銀ろう部に吸収されたとかいう趣旨を述べたものとは解せられない。したがつて、原告の主張は採用するわけにはいかない。
六、よつて、原告の請求はいずれも失当であるから棄却……する。(古関敏正 吉井参也 小酒礼)